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第100号(2024年4月号)
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MarkeZine Day 2024 Spring(AD)

博報堂DYがグループ横断で進める「AI×クリエイティブ」研究/その成果と「制作現場の未来」を共有

 博報堂DYホールディングスは、2022年にAIを活用したクリエイティブ制作を支援する研究開発組織「Creative technology lab beat」を新設。学術的な領域からクリエイティブ業務の変革まで、様々な取り組みを進めている。MarkeZine Day 2024 Springのセッションに登壇した、博報堂DYホールディングスの木下氏と内山氏は「Creative technology lab beat」における研究例やその成果を共有。具体的には、テレビCMをはじめとするブランデッド広告のクリエイティブ制作について、属人性を排除し可能性を広げるプロダクトが紹介された。本記事ではその内容をレポートする。

AIによる効率化の先を見据えて

 デジタル環境の進展にともない、活況を呈しながら、大きく変化している広告業界。デジタル広告においては、パフォーマンスクリエイティブのニーズ拡大を中心に、短期間で大量の制作物を要する高速PDCAへの対応など、以前にも増してスピード感のあるクリエイティブ業務が求められるようになっている。デジタル広告の現場では、業務量が増えていく中、適正な労働量でのリソースマネジメントが課題になっている。

 一方で、もう少し先に目を向けると、こうした課題もAIにより解決されていく可能性を秘めている。人間は人間にしかできないことを――より質の高いクリエイティビティを発揮できるよう業務環境やワークスタイルを変革し、より人間らしい業務への人的リソースの配分を実現させていく必要がある。

 こうした背景のもと、博報堂DYグループが2年前から始動しているのが、AIを活用しクリエイティブ業務の研究開発を行う横断組織「Creative technology lab beatだ。

 学術研究、プロトタイプ開発、クリエイティブ業務におけるワークスタイルの探求という3つの柱でクリエイティブ業務のDXを目指しているCreative technology lab beatのビジョンについて、リーダーを務める木下氏は次のように話す。

 「博報堂DYグループが提供できる価値の源泉には、クリエイティブ業務に従事するクリエイターがいます。彼らには、クライアント企業や生活者、そして社会に新しい価値を届けることに時間を使ってもらいたい。そのために、Creative technology lab beatでは、AI技術やテクノロジーを活用したクリエイティブ業務、ワークスタイルを探求することで、クリエイターのサポートをしています。

 2023年はAI技術を使った新たなクリエイティブワークスタイルの提示をミッションとして取り組んできましたが、2024年からはそのワークスタイルを実践・標準化していく計画です」(木下氏)

株式会社博報堂DYホールディングス 統合マーケティングプラットフォーム推進局 局長/テクノロジスト 兼 博報堂テクノロジーズ マーケティングDXセンター 副センター長 Creative technology lab beat リーダー 木下陽介氏
株式会社博報堂DYホールディングス 統合マーケティングプラットフォーム推進室 室長/テクノロジスト
Creative technology lab beat リーダー
木下陽介氏

「クリエイターの勘と経験に依存しがち」という課題

 広告クリエイティブと一口に言っても、中身は様々だ。今回のセッションでは、広告クリエイティブを「パフォーマンスクリエイティブ」と「ブランデッドクリエイティブ」の大きく2つに分けている。

 簡単に説明すると、クリックや契約などWeb上で特定のアクションを獲得する目的があるのがパフォーマンスクリエイティブ。一方、ブランデッドクリエイティブは、ブランドに対する認知度・好意度の上昇など態度変容を起こすことを目的としてするものが多い。よって、パフォーマンスクリエイティブはロウワーファネルへ、ブランデッドクリエイティブはアッパー/ミドルファネルへアプローチするものと分けられることもある。

ブランデッドクリエイティブとパフォーマンスクリエイティブの違い
ブランデッドクリエイティブとパフォーマンスクリエイティブの違い

 クリエイティブの制作から運用、効果検証まで一連のPDCAのスキームがある程度確立されているパフォーマンスクリエイティブ領域に対し、その制作過程に大きな課題を残すのがブランデッドクリエイティブ領域であるとして、今回Creative technology lab beatは目を付けた。

 「テレビやアウトドアメディア、デジタルなど面が多岐にわたるブランデッドクリエイティブは、出稿の期間も長く、広告制作と評価(効果検証)の間で分断が起こりがちです。また、評価するためのデータも乏しく、クリエイティブ制作はクリエイターの勘や経験に頼ってしまっているところも多くあります。クリエイター本人が、自分の手掛けたクリエイティブの評価とその要因を知りたいタイミングで知ることができない。私たちはここに大きな課題があると考えました」(内山氏)

ブランデッドクリエイティブのPDCAにおける課題
ブランデッドクリエイティブのPDCAにおける課題

生成AIとクリエイターの対話をプロセスに組み込む「PING-PONG」とは?

 前述の課題に対し、博報堂DYグループが開発したのがクリエイティブプラットフォーム「PING-PONG(ピンポン)」だ。

 PING-PONGではChatGPTを活用。ターゲットやカスタマージャーニー、訴求軸を自動生成する機能や、クリエイティブに用いるテキストを生成・評価する機能などが搭載されている。加えて、Adobe Creative CloudやSlackといったプロダクトと連携することも可能だという。

「PING-PONG」の全体像
「PING-PONG」の全体像(クリックして拡大)
PING-PONGにより目指す効果

1.クリエイターがAIを自分の手足のように使える環境づくり

2.クリエイターの発想力や選定力のスケールアップ

3.制作工程のDXによるスピードアップ、量産化

4.クリエイターの意志を第一にした継続的なプラットフォームの改善

 たとえば、PING-PONGには動画広告に特化した「H-AI EYE TRACKER」というプロダクトがある。同プロダクトには、テレビCMやウェブ動画のどこを注視するかをヒートマップで予測し、クリエイティブの改善をサポートしたり、各媒体に適したサイズに動画をリサイズしたりするなどクリエイティブ業務を“アシスト”する機能を装備。

 さらに、テレビCMの“評価”“予測”をするプロダクト「Best HIT DB with TVCM評価AI」もリリースを予定しているそうだ。

「なぜあのテレビCMはウケたのか?」の要因をみんなが見れるプロダクト

 講演では、現在開発が進んでいる「Best HIT DB with TVCM評価AI」について、データサイエンティストとして開発に従事している内山氏より共有された。

株式会社博報堂 博報堂DXソリューションデザイン局 データストラテジスト 内山稜太氏
株式会社博報堂DYホールディングス 統合マーケティングプラットフォーム推進室
データストラテジスト 内山稜太氏

 「Best HIT DB with TVCM評価AI」のデータベースには、過去に放映されたテレビCMの情報やそれに対する評価および評価の要因などが内包されており、マーケターもクリエイターも随時これを検索・閲覧することが可能。加えて、現在進行中のテレビCMの評価予測も可能になるそうだ。

 興味深いのは、「Best HIT DB with TVCM評価AI」がどのようにして開発されたか。この開発過程を知ると「Best HIT DB with TVCM評価AI」が出す評価や分析、予測に対する納得度が変わってくる。内山氏は、事前分析→アノテーション→予測という3つのステップで開発プロセスを紹介した。

「」の開発プロセス
「Best HIT DB with TVCM評価AI」の開発プロセス

定量×定性で分析を進めると、高評価CMの「型」が見えてきた

1.事前分析:評価の高いテレビCMの「要因」「要素」を探索

 先に少し触れた通り、「Best HIT DB with TVCM評価AI」では博報堂DYグループが保有するデータベース「Best HIT」が活用されている。Best HITは2007年から稼働しているデータベースで、テレビCM表現に関する定点観測調査のデータを蓄積。2007年10月以降に聴取したテレビCM約20万素材以上を対象に、CM全体の評価や個別表現要素に対する好感度など、テレビCMの広告効果を検証するのに有用な評価データを幅広く網羅・収録している。内山氏らは、まずこれらのデータをもとに、評価の高いテレビCMの要素分解をすることから始めたそうだ。

 例として紹介されたのが、大手食品流通企業のテレビCMのスコア。テレビCMの評価における重要指標は、商品購入喚起度や表現好感度など複数あるが、中でも魅力演出度が突出して高いのが、このCM素材だった。そこで、どんな要素が魅力演出度を押し上げているのかを定量的に分析していったという。

食品流通カテゴリの素材群の中で「魅力演出度」の指標がトップレベルに高い素材を事前分析に利用
食品流通カテゴリの素材群の中で「魅力演出度」の指標がトップレベルに高い素材を事前分析に利用
魅力演出度に影響している好感要素を分析した結果(クリックして拡大)
魅力演出度に影響している好感要素を分析した結果(クリックして拡大)

 ただ、魅力的な演出をする際、その“魅力”に繋がる要素は色々ある。必ずしも、定量分析ですべての要素を見つけられるとは限らないだろう。そのため、分析モデルの構築にあたっては、各指標に影響する表現要素をクリエイター、データサイエンティストとともに洗い出すという定性的な分析も行われた

 「どのような動画表現が、どのように各指標に影響するか? プロダクトの開発に協力してもらっているクリエイターと一緒に定性的に洗い出しました。一例で紹介した大手食品流通チェーン店のテレビCMの場合は、シズル感が強調されたカットや絶妙なコピー、黒い背景に商品が映し出されたカットなどが、CMの魅力的な演出に貢献していると解釈しました」(内山氏)

食品流通カテゴリの素材群の中で「魅力演出度」の指標がトップレベルに高い素材を事前分析に利用
魅力演出度に作用する表現要素と評価指標を構造化することで、前述のテレビCM素材の魅力演出度がなぜ突出して高いのかの要因を定性的に分析

2.人間による定性的な解釈・作業を含めたアノテーション

 およそ100の素材を対象に、AIによる事前分析と人間による定性的な解釈を繰り返していくと「CMの評価に影響を与える表現要素にある程度の“型”が見えてきた」と内山氏。

 そこで、発見された型を分類し、テレビCM動画において重要な表現要素を定義。テレビCM動画を評価する際のベースとなるタグリストを作成した。

 以降のプロセスも多大な労力を要するもので、前述のタグリストをもとに、約1,200の素材一つひとつにアノテーションタグを付与していったという。

3.機械学習モデルの構築

 最終的にはアノテーションされたタグを説明変数とし、テレビCMを評価指標=目的変数とすることで機械学習モデルを構築した。実際、注目喚起度を目的変数にする場合と、魅力演出度を目的変数にする場合とでは、評価指標に重要な要素が以下のように異なっている。「これを見ると、クリエイターもマーケターも肌感として納得感が持てるのではないか」と、内山氏も自信がある様子だ。

目的変数の異なる2つの予測モデルに対して特徴量重要度を算出し、上位5要素を抽出した結果。それぞれの指標に対し、重要とされる要素が異なっていることがわかる
目的変数の異なる2つの予測モデルに対して特徴量重要度を算出し、上位5要素を抽出した結果。それぞれの指標に対し、重要とされる要素が異なっていることがわかる

「クリエイティブが画一的になってしまう」という懸念は?

 このように開発された「Best HIT DB with TVCM評価AI」では、大きく分けて次の3つの機能とベネフィットが提供される。

1.検索機能:過去放映の動画素材の情報および広告評価を検索することができる。これにより、暗黙知化してしまっていたテレビCMの表現効果に誰でもアクセス可能となる。

2.要因分析:過去放映の動画素材の広告評価の要因を分析することができる。経験と勘に依存していたテレビCMの制作に再現性をもたらす。

3.事前予測:制作過程のテレビCM動画の広告評価を事前予測することができる。あらゆる表現の可能性がある中で、事前評価を通して定量的な意思決定がサポートされる。

 「ここまでの話を聞いて、クリエイティブが画一的になってしまうのでは? という懸念を持った方もいらっしゃるかもしれません。しかし、これらの機能はあくまで制作の初期段階における提案および評価予測をするためのもの。以降の制作過程を経て放映されたテレビCMは、初期の評価予測を上回ることもあるでしょう。

 そうした上振れを起こす要素があるのなら、私はそれは“クリエイターのこだわり”だと思います。神は細部に宿るといいますが、『Best HIT DB with TVCM評価AI』はまさにクリエイターがその細部に集中する時間を作るためのプロダクトです」(内山氏)

AI×データの力で、クリエイティビティの可能性を拡張

 これまでもこれからもマーケターとクリエイターは、各々のプロフェッショナル性を発揮しながら、戦略立案から広告制作、出稿、効果検証の工程を進めていく。その工程にデータ、テクノロジー、AIが搭載されると、マーケティングおよびクリエイティブの可能性が拡張されるというわけだ。

 「これまでテレビCMをはじめとするブランデッドクリエイティブにおいては、クリエイターとマーケターが交互に、たとえるならバケツリレーのようにして工程が進められてきました。しかし、データとテクノロジー、AIの力を上手く使えれば、異なる専門性を持つスタッフで同じデータを見ながら、それぞれが自分のやるべきことを考えられるようになります」(木下氏)

これからのクリエイティブ制作のPDCA
これからのクリエイティブ制作のPDCA

 たとえば、マーケターは「生活者の心を動かすストラテジー」を、クリエイターは「生活者の心を動かす表現」を突き詰めることに、より力を注げるようになる。「Best HIT DB with TVCM評価AI」を活用したクリエイティブ制作は、富士山の5合目まで車で行くようなものと言える。講演の最後に、木下氏は今後の意気込みを次のように語った。

 「現在はコンセプト×クラフト×コミュニケーションの3つの軸でプロダクトサービスを開発中で、いずれもクリエイティブ業務を効率化し、クリエイティビティを拡張するものとなっています。これからも博報堂DYグループでは人間×AIの共創により、新たな価値を生み出すプラットフォームの開発に取り組んでいきます」(木下氏)

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この記事の著者

タカハシ コウキ(タカハシ コウキ)

1997年生まれ。2020年に駒沢大学経済学部を卒業。在学中よりインターンなどで記事制作を経験。卒業後、フリーライターとして、インタビューやレポート記事を執筆している。またカメラマンとしても活動中。

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

提供:株式会社博報堂DYホールディングス

【AD】本記事の内容は記事掲載開始時点のものです 企画・制作 株式会社翔泳社

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MarkeZine(マーケジン)
2024/04/25 12:00 https://markezine.jp/article/detail/45054